文頭の「なので」 文末の「~かな」
いまだに言葉遣いが気になることがよくある。
もともとは誤用であっても、使っているうちに辞典に載るようになる。
文頭の「なので」はその一つだろう。
いまだに気になる。しかし、すでにそれを耳にしない日はない、と言っていいだろう。
ラジオでもテレビでも。
新聞のコラムに載っていたことがある。それが、その新聞の購読をやめる理由の一つになった。
数十年購読していたのに。
文末の「~な」「~かな」はどうだろう。
それを読んでみたいと思います。
⇒それを読んでみたいな、と思います。
自分の意見を発表したいです。
⇒自分の意見を発表しようかな、と思います。
見学に行くことをおすすめします。
⇒見学に行ってほしいかな、と思います。
私には気持ちが悪い言い方だが、これも耳にしない日はないレベルだ。
⇒私には気持ち悪い言い方かなと思うけれど、これも耳にしない日はないレベルかなと思う。
どーでもいいこと。
タイシタコトではないこと。
使う言葉、口に出す言葉がその人の思考回路に直結する、と思う。
言葉も言葉遣いも、おざなりにしたくない、と思う。
もともとは誤用であっても、使っているうちに辞典に載るようになる。
文頭の「なので」はその一つだろう。
いまだに気になる。しかし、すでにそれを耳にしない日はない、と言っていいだろう。
ラジオでもテレビでも。
新聞のコラムに載っていたことがある。それが、その新聞の購読をやめる理由の一つになった。
数十年購読していたのに。
文末の「~な」「~かな」はどうだろう。
それを読んでみたいと思います。
⇒それを読んでみたいな、と思います。
自分の意見を発表したいです。
⇒自分の意見を発表しようかな、と思います。
見学に行くことをおすすめします。
⇒見学に行ってほしいかな、と思います。
私には気持ちが悪い言い方だが、これも耳にしない日はないレベルだ。
⇒私には気持ち悪い言い方かなと思うけれど、これも耳にしない日はないレベルかなと思う。
どーでもいいこと。
タイシタコトではないこと。
使う言葉、口に出す言葉がその人の思考回路に直結する、と思う。
言葉も言葉遣いも、おざなりにしたくない、と思う。
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